黒田兵衛の人物像

85巻の緋色シリーズが終わり、組織のNo.2がついに登場することになったコナン。候補者3人の中で一番最初に登場したの黒田兵衛だ。

基本データ

・50歳、男性
警察庁(旧国家公務員一種)出身
長野県警捜査一課長(警視)→警視庁捜査一課管理官(警視)

登場回

       エピソード名
86巻 県警の黒い闇
87巻 ブログ女優の密室事件
92巻 白い手の女
93巻 燃えるテントの怪
96巻 標的は警視庁交通部
97巻 暗号に隠された殺意

 

ラム候補3人の中で最も直球勝負

コナン「(せ、
隻眼の…大男!?)」

86巻ファイル9

 個人的に依然としても引っかかっているのは、黒田があまりに形式的・記号的に登場する「あやしすぎる」キャラであること(笑)

スリード大好きの青山先生のこれまでの前科を振り返ってみれば、黒田の登場は大勢のファンを完全に欺いたベルモット編でのジョディ先生の登場の仕方を思い出させる。

正直、キャラとして濃すぎて、黒田がラム本人やラム側の人間ならあまりの安直さにがっかりするレベル。正体は黒田兵衛という人間でないとしても、このわかりやすさだけで、個人的には黒田を警察庁公安部のウラ理事官だと確定したい気分なのだけど…それだとあまりに向き合い方が不誠実ですよね。

コナン「 ええっ!?10年近く意識不明で入院してた!?警察病院に!?」

由衣「そうよ!黒田捜査一課長…なにか大きな事故に遭われたらしくて…」

小五郎「なるほど…だからあの年で出向してきたわけか…」

由衣「ええ…本当はもっと若いうちに警察庁から地方警察に出向するのが普通だから…」

小五郎「じゃああの顔の火傷も…」

由衣「ええ、その事故の影響じゃないかしら…右目は義眼みたいだし…」「顔の包帯をとった看護師が腰を抜かしたらしいわよ…真っ黒だった髪が事故のストレスで白髪に変色してまるで別人のようだったそうだから…」

コナン「(別人…?)」

由衣「意識が戻った今も所々、細かい記憶が抜け落ちてるっておっしゃってたけど…」

86巻ファイル10

ここで由衣さんが言っている「若いうちに地方警察へ出向」というのには疑問*1

警察官僚のキャリア

黒田の立場は国家公務員一種(現総合職)で警察庁に入庁したいわゆるキャリア官僚。彼らは入庁時点で警部補からスタートし、警視までは自動的に昇任することになっている。ちなみに警視は都道府県警察本部の課長級や署長級。キャリアパス都道府県警察や、場合によっては自治体や外郭団体に出向する。

警察庁キャリアは他省庁と合同の研修後、東京都国立市にある警察大学校で研修を受ける。曰く、集団行動や武道などを研修するというが、それは都道府県警察や警視庁の一般職員とは全く別物。警察庁職員としての通過儀礼のようなもので会得までは求められない。

研修後、最初の2年程度は比較的大きな警察本部などの地方に出るが、それ以外の多くはしばらく地方警察ヘの出向はしない。20代後半ごろ、地方警察の課長に出る人もいるが、比較的大きな地方警察本部の警備一課長、総務課長、公安畑なら外事課長といった武闘派より頭脳派に配置される。

警視庁と警察庁の人事交流は他の警察本部に比べて盛んだが、それでも花形の捜査一課や暴力団を担当する組織犯罪対策部に課長としては行かないのが慣例だ。もっとも、捜査二課長は代々、キャリア組が独占している。

都道府県警察の捜査一課も同様に、地元採用の警察官にとっては憧れのポスト。警視庁では一般職員数百人を束ねる捜査一課長が歴代ノンキャリアが務めているのと同様に、地方警察において捜査一課長のイスを警察庁に渡している警察本部はほとんどないのではないか。

黒田のように長野県警捜査一課長が警察庁キャリア、というのはとても違和感があるし、これは漫画の中でのご都合設定と考えるべき。

これが、現実でよくある都道府県警察の警務部長とかならリアリティがあったのかもしれないけど、そこはまあコナン(笑)警務部っていうと人事や会計、職員の福利厚生などを担う県警の中枢だけど、まず現場には出ない。

現実との線引を

何が言いたいかというと、黒田のポジションに関する現実との矛盾点や疑問についてはあまり一生懸命考えなくてもいいのではないかということ。1枠程度はあるとみられる警視庁捜査一課の管理官のキャリア枠の職員が、警察庁公安部の裏理事官を兼務することもまずないとみられる*2

ここは黒田を日常編の事件に関わらせるための措置で、ここで黒田が法案作成で毎日深夜帰りです、とか、議員レクに回ってますとかだとあまりに生々しい。

コナンのことを知っている

黒田「意外な着眼点で事件解決の糸口を見つけ推理をバックアップする…眠りの小五郎の知恵袋…警察庁ではそう噂されていたよ…江戸川コナン君…」

コナン「へ、へぇ…そうなんだ…」

87巻ファイル1 

コナン「色々怪しいこと言ってたけど…全部犯人を捕まえる為の作戦だったみたいだし…」「まあオレのことを詳しく知ってたのは気になったけど…」

87巻ファイル3 

コナンの正体までは認識していないようだが、コナンが小五郎の知恵袋であることを認識している。大和や諸伏も以前からコナンを「頭の切れる小学生」とは認識しているけど、黒田の認識はそれよりちょっと上で、推理力のある人物であることを見抜いている。眠りの小五郎の仕組みにも感づいているのかまではまだわからないけど、コナン世界では、眠りの小五郎の仕組みやコナン・灰原の幼児化に気がつく登場人物のハードルは高い。黒田は特殊なキャラで有ることは間違いない。

清水寺で工藤新一君を目撃したと…発言したものですが…今思えばアレは私の願望が作り出した幻覚だったような気がします…お騒がせして…申し訳ございません…

95巻ファイル5

この情報をスマホでみていた黒田にはわずかに笑みがある。これは「コナン側が新一情報の火消しに動いた」ことを確信しての笑みではないだろうか。

千葉「でもこれ全てコナン君の推理ですけどね…」

黒田「(フン…眠りの小五郎の知恵袋…流石というべきか…)」

96巻ファイル3

コナンの推理力を再び認める。敵か味方なのかはわからないけど、能力をかなり信用している。

 

灰原センサーは不発か

コナン「オメー、本当に見覚えねぇのかよ…黒田管理官のこと…」

灰原「ええ…」

コナン「…の割にはオメーかなりオレにしがみついてたじゃねーか?

灰原「あのねぇ…あんな恐ろしい顔を間近で見せられて平気でいられるわけないでしょ?」

コナン「あ、そう…(普通に顔が怖かったのね…)」

87巻ファイル10

この時の灰原の表情を見ると、これは文字通りに受け取ってもよさそう。

灰原は自己犠牲や他人への思いやり、そしてコナンへの密かな好意を持つ複雑なキャラ。ここで気配を感じて危ないとわかったならば、すぐさま「危険よ」「やめたほうがいいわ」とか主張するはず。のんきに探偵団と一緒にいる場合ではない。なんらか気配を察してた上でウソをつく理由もない。

まあ、ただ灰原センサーの不安定性には配慮せねばならなくて、現在はミステリートレイン編の終結後、自身が狙われることがなくなったため、きちんと機能しているかどうかは怪しい。ただ私としては、機能していないときには機能していないことを示唆する伏線があると考えている。

例えば、組織の人間と接触したり、同じ空間にいたりしたというような描写が読者にだけわかる感じで出されてるのに、灰原は反応しない、とか。

加えて、黒田との対面時にはわざわざ灰原に顔が怖かったと言わせているので、これは読者むけに灰原センサーは「故障」ではなく「反応せず」だったことを示すための描写だったと考えている。

羽田浩司事件を認識

黒田「お手柄小学校教師…若狭…留美か…」

92巻ファイル10

「燃えるテントの怪」の前に黒田はPCで羽田浩司事件の情報を見ている。これが何者かがネットに流している事件の記事なのか、公安部が保持する資料なのかは別に検討するとして、黒田が思い浮かべるのは、読者側から見て右に「天才棋士 謎の死」の記事と羽田の遺体。左には若狭先生がゴルファーを撃退したという記事と若狭の顔。

若狭の顔については、記事にある写真の顔と同じものなので、後ろの背景の一部分にズームするという漫画での表現方法の一つと考えられ、それ以外の意味はなさそう。

一方、羽田の顔は口から血を流し顔にも傷がある新たな情報になる。若狭に対する認識とは違って、別の機会に羽田の様子を見る機会があったと考えるのが自然。ただその記事を思い出しただけなら、若狭と同様に背景の記事にある顔が拡大されているべきなので。

これまで、何者かがネットにアップしている記事が複数種類あるという描写はないので、ここではネットに上がっては削除を繰り返しているのはすべて同じ記事と考える。

となると、このネット記事にある写真は以下のとおり

・羽田浩司の顔写真

・アマンダ・ヒューズの顔写真

・浅香の写真(ピンぼけ)

・ダイイングメッセージが残された鏡

・はさみを握った痕がある羽田の右手のひら

・割れたカップとはさみ

 となる。これ以外の描写はネット以外から得た情報によるものと考えることにする。

となると、ここで黒田が回想したのは別の方法で得た情報。

黒田が情報を得たとすれば…

  • ラムだから見た
  • 何らかの事情で現場で目撃した
  • (公安のウラ理事官であれば)公安部の捜査資料で見た
  • (その他の捜査・諜報機関所属であれば)所属組織の資料で見た

ということになる。いまのところ、ネット記事以外の情報を持っていると明らかにわかるのは同様の回想をしている若狭先生のみ。羽田浩司事件を考察するにはこの2人の目を借りていかないといけないだろう

 

安室、諸伏との関係

安室「はい…言われたとおり僕が提供できる情報はすべてあの少年に伝えました」「まあ僕の情報は事件解決の手助けにはあまりならなかったようですが…」

黒田「大事の前だ…余計な火は消しておくこと越したことはないからな」「それより例の件はどうなっている…」

安室「まだ何も…」

黒田「報告を怠るなよ…バーボン…」

96巻ファイル3

安室をバーボン呼びしているからラムは黒田!では、ほとんど推理マンガにならない(笑)安室とこうしてコナンの状況や例の工藤家でのお茶会について話すのだから、可能性は黒田がラムか公安部の上司、つまりウラ理事官であるかのどちらか。黒田が公安でも、当然バーボンとして潜入しているのは上の指示であり、「バーボン」と呼んでもなんの不自然さもない。以下は黒田が公安側の人間で、97巻の雪山事件に居合わせた脇田がラムと過程した場合の話。

大和「もしもし…」

黒田「久し振りだな大和…」

大和「く…黒田捜査一課長!?」

黒田「馬鹿野郎…もうそこの捜査一課長じゃないよ」「諸伏に代ってくれ…聞きたいことがある」

大和「高明にですか?」

黒田「どうした?早く代われ!」

97巻ファイル5

ここでの黒田と諸伏とのやりとりを想像するに

黒田「諸伏…お前、そこにいる金髪の男を知っているか」

諸伏「ええ…たしか私が大学時代に弟から友達だと紹介された男かと…名前は…」

黒田「そいつとは初対面のふりをしろ…」

諸伏「なるほど…(安室が監視している何者かと同行中で、その人物に安室の素性が知れてはならないことを察する)」

という感じになりそう。

黒田は「聞きたいことがある」と言って大和に諸伏に代わるよう言っている。となるとまずは何かを尋ねなければならない。黒田は安室とスコッチとして潜入していた景光のことを当然知っており、無論その兄・高明が長野県警にいることも知っている。ならば安室と諸伏が以前から知り合いの可能性があり、なんらか連絡の行き違いで、ラムの前で諸伏が安室のことを「零君」とか「降谷君」と呼んでしまったり「お久し振りです」などと言ってしまっては、危険な事態に陥る恐れがあることを知っている。

さらに言えば、この雪山に行く前に、安室からラムである脇田と小五郎へ依頼された事件で長野県にいくことも報告を受けた可能性がある。

だから黒田は諸伏に「安室と知り合いか?」と聞きたかったのではないか。読者向けにはその前に安室から諸伏にスコッチの遺品が返され、諸伏の回想まで挟んでくれている。

結局この事件の最後に諸伏は「お久し振りです」と言ってしまうのだが、それは前の事件で一緒になった小五郎に対してだった。

96巻のキッド回にわざわざ諸伏を登場させたのは、警視庁と絡ませて伊達刑事経由でスコッチの遺品を受け取る機会を作ると同時に、雪山事件で最後にこの場面を作るためだった。いやー、さすが青山先生。アニメ化では相当緊張感のある話になりそうだ。

高木刑事や佐藤刑事と諸伏の面識を自然に作れたので、今後の日常編や劇場版まで含めて諸伏をかなり出しやすくなったし、このキッド回はいろいろと見どころが多い。

その他のディテール

諸伏「今の課長は紅茶党だったかと…」

86巻ファイル10 

「紅茶党」は間違いなく伏線。大和、由衣、諸伏の3人の会話としても成り立ってるけど黒田の好みとラム編でちらつく英国を結びつけるためとみられる。

「紅茶党」ってことは、よく紅茶を飲んでいる人物。それなりの頻度で飲まないとこうした印象にはならないから、少なくとも長野県警捜査一課長時代の黒田は一人の人物がだと思われる。

例の安室宛のラムメールから、黒田は複数人いるとか、定期的に脇田が変装といった推理も成り立つ。でも、紅茶党と認識されているなら黒田の正体は時々でまちまちだけど、一貫して全員紅茶を飲んでいる、という設定に。これはちょっとくどいというか、ウラ伏線によるミスリードになっていてちょっとすっきりしない。青山先生はミスリードこそ大好物だが、それはコナンの推理や灰原センサーなど、表に出ている要素を使ってのミスリード。ウラ伏線でどちらかと言うとメタ伏線に近いものにもミスリードを使うのは考えにくいか。

となると無論、警視庁に戻って以降の黒田の正体はつかめないままだが、長野にいたころの黒田は文字通り1人だけだったのではないか。

大和「どっかの組織の大ボスみたいな顔だからな…」

コナン「……」

86巻ファイル10

 これは典型的なメタ伏線。新出先生に化けた大女優シャロンであるベルモットの初登場が学園祭の劇だったり、FBIの敏腕捜査官という設定のジョディ先生初登場で華麗にシューティングゲームを攻略したりと。バーボン編でも、赤井が生存を偽装するため変装していた沖矢昴に対して、日常編の登場人物である少年が「赤い人」と命名する。それと非常に近い。

この部分は解釈の問題。「どっかの組織の大ボス」でラム編において当てはまるのはラム本人か安室の上司である公安のウラ理事官が出ている。

「どっかの」というのがひっかかる。黒田がラムなら、ここで「悪の組織の」とか「マフィアの」大ボスみたいな…とかって書いたほうが黒の組織関係者だと直球で判断できるけど、作者はわざと「どっかの」って書いてある。黒の組織でも公安でも、あるいはメアリーが属するMI6の関係者でも、意外とこのメタ伏線の解釈は多様なのではないか。

 

*1:この節については、一瀬敏弘,2013『警察官僚の昇進構造ー警察庁のキャリアデータに基づく実証分析』日本労働研究雑誌,2013(8)(637)を参照

*2:黒田とか安室のポジションについて現実と違う!っていうのは、FBIがなぜ日本で活動を?レベルの愚問だろう。