【ハイウェイの堕天使】誰もが楽しく観られる良作に感じたあと一歩の詰め切れなさ

名探偵コナン劇場版第29作「ハイウェイの堕天使」、面白かった。「ハロウィンの花嫁」以降に始まったコナン映画新世代期の作り手が持つ映画制作への姿勢やノウハウが適切に生かされた作品といえる。

家族、友人、恋人など、見に行く相手も時間も選ばず、楽しく観られる。コナンがこの時期に劇場を占領することに対してネガティブな声か聞かれるが、コナンの巨大な興行収入や映画館の収入が、日本の映画文化の一部になっていることはとても幸せなことだと思う。

2時間スペシャル?

さて、コナン映画に何を求め、どういった部分を高評価とするか、あるいは欠点とするかは、人によってまちまちだという人がいる。私もそう思う。

一方、どういう方向性の映画であっても、最低限満たすべきクオリティがあるというのも事実。その意味では、前述のとおり、今作も十分一定水準は満たしているものの、ちょっと息切れというか、制作陣の集中力が途切れており、あと一歩詰め切れていないのではないかと感じた点もあった。

今作をレビューする際のキーワードとして、私は「間延び感」や「薄味」の要素を感じた。ハッとするような演出や画面構成がちょっと物足りず、全体的にアニオリの2時間スペシャルを観ているような気分になった。このような鑑賞後の感覚を、できる限り言語化してみようと思う。

繰り返しになるが、いま映画館で見るのなら、本作が第一候補であることは言うまでもない*1

萩原千速はもっと評価されていい

今作のメインキャラ、萩原千速について、キャラクターとしての知名度や背景情報が弱く、本作は最初から無理があったとの評価がある。ただ、私は彼女のキャラを高く評価している。弟が殉職しているという背景はもちろん、デザイン、声優など、キャラクターとしての魅力が今までの主役キャラに負けているとは思わない。意外と、普段のコナンでこういう正統派美人系統の新キャラは頻繁に出てこない*2

また、全体的なテンポについては私は高評価。今作を整理すると、観客向けに示される謎は大きく分けて

①黒い暴走バイク「ルシファー」の正体
②ゲストキャラである大前と龍里はシロかクロか
③佐々木のバイク事故の真相
④佐々木を追跡していた白バイ隊員・浅葱警部補はシロかクロか
⑤青木の事故死の真相と、青木が裏レースに関して知ったこと

このあたりだろう。仮に、この映画がコナン映画ではなく単体のアニメ映画だったら混乱するのだが、コナン映画である以上、すべての謎は最終的な真犯人に直接関わることは確定されている。何かを見つけるために、別のなにかを達成しなければならないという、いわゆるマクガフィン的な不快さは、いずれの要素にも私は感じなかった。

「堕天使」に作中人物を重ねる

コナン映画といえば、毎年のタイトルが映画を説明するスゴさがあるが、この点でいえば今年のタイトルも好きだ。

本作における最初の堕天使は「ルシファー」であり、そのライダーであった浅葱警部補であることは明確だろう。佐々木を事故死に追いやったと思い悩み白バイ隊員をやめることを余儀なくされる、典型的な闇落ちキャラである。

そして次に、浅葱と入れ替わってルシファーに乗った千速が堕天使となる。バイクスーツまで変わってしまったため、見た目も堕天使になってしまった。

もちろん千速はダークサイドには行かない人なので、黒い衣装を脱ぎ天使に戻る必要がある。ヘリから転落した千速を抱く横溝の描写と光の塩梅、さらに千速と松田陣平の関係を絡めてウェディングドレスに見せるという気の利いた演出だ。堕天使という要素の取り扱いでは起承転結が成立していて、膝を打った。

ルーが溶け切っていないカレー

だからこそ、本作のミステリーの要素すべてを浅葱の苦悩の一点に絞ったらどうだっただろうかというのが悔やまれる。実際、私がこの作品で一番楽しかったのは、浅葱が千速にバイクでの勝負を選んだシーンだった。浅葱は最終決戦として、結局自分の後輩と勝負を望んだのである。

千速も、浅葱の様子からただならぬものを感じ、早い段階でバイクを運転するのが浅葱だと確信していたのだろうか。あるいは、コナンと同様に上着の特徴に気がついたのか。はっきり描写されていなかったが、浅葱が「最後にお前と走りたかった」的な発言をしてバイクレースを挑むのは、ちょっとだけ時計じかけの森谷帝二や14番目の沢木公平、探偵たちのレクイエムの伊藤末彦のような、論理や復讐を超越した動機と同じ雰囲気を感じた。

コナンの原作でも映画でも、プロとしての誇りを傷つけられた人が狂って犯罪するというのは王道の動機で個人的にも大好物。浅葱の人間性やプライベートまで絡めて、例えるなら戦慄の楽譜における秋庭玲子さんみたいな感じで、事件をもっと重厚でハードにして最後まで進めてくれれば、もっと満足した映画になったと思う。

浅葱を巡るこうした要素は、残念ながら真犯人に迫る過程の一部として処理されてしまった。映画全体に間延びや薄味を感じたのは、浅葱のエピソードをメインの事件の要素の一部にしてしまい、東アジアの半グレや大前氏、龍里氏らを関与させ、最終的には龍里氏を真犯人にしたのがが原因ではないだろうか。

龍里氏は、序盤のバイク見本市のシーン以外、まともな登場シーンはほとんどない。それなのに、佐々木の事故現場を訪れているシーンだけ挟まるので、佐々木の関係者に決まっているではないか(最初、年齢差がよくわからなかったので母親なのだろうと思って観ていた)。

一見、薄味というより要素が詰め込まれているように見えるのだが、例えるなら、味付けをしたコンソメスープの元のキューブやカレールーが溶け切っていないため、全体の味のバランスが悪くなっているように感じた。

演出や脚本などに着目して、よかった点と気になった点も記録しておきたい。

神奈川県警は無能なのか

いきなり悪いところから触れてしまうが、いくらなんでも、佐々木のバイク事故に関する神奈川県警の捜査が甘過ぎるのではないか。バイクが爆発したとはいえ、自動走行システムに乗っ取られてしまったバイクの走行の様子が人間の操作とまったく一緒ではないはず。車両の走行跡や防犯カメラ、白バイのドラレコ(警察車両には必ず設置されている)の解析から、車両由来の何らかのトラブルがあったことは分かるのではないか。

また、かなり社会的に問題になった事故だったのだろうから、県警も佐々木周辺の捜査に力を入れていないとおかしい。捜査線上に、今回ルシファーが襲ったバイク乗りたちや龍里氏が浮上しないのは考えにくいだろう。神奈川県警の無能さを表す描写じゃあるまいし。

浅葱のアリバイ示唆に意味がない

初めて浅葱が出てきたときから、見てる人は全員浅葱を疑う。「いまはもうバイクには乗っていないのか?」とコナンが尋ねる描写があることから、作り手が意図したことだろう。

その浅葱は、ルシファーがコナンと世良を襲った直後に彼らの目の前に現われた。萩原がハッとしたような表情をしたので、千速も浅葱への疑いを解消し、かつ観客向けにも浅葱は犯人ではないですよ、という提示かと思っていたら違った。じゃあなんで、アリバイをわざわざ登場人物や観客に示す必要があったのか、となる。

もちろん、その時だけ別人が運転しているといわれればそうだ。だが、ミステリーでは、人物を犯人候補として設定している中で、その人物の犯人性を否定する間接的な要素をわざわざ入れているのに、やっぱ犯人でしたというのはちょっとどうなのか*3。隻眼の残像でも、コナンに対する印象の独白があった林を真犯人にしていたのに引っかかったが、それと似たような感じ。

ベイブリッジだ!←なんで!?

龍里が大前をデータもろとも吹っ飛ばすのはさすがに意味不明だった。前提として、そのデータは大前しか持っていないのだろうか。クラウドには保存していないのだろうか。ダークウェブにアップロード済みだったりしないだろうか。大前をそこで殺すより捕まえて取り調べないといけないのでは?百歩譲ってここで殺すとして、普通に車で走ってるところを、進路を塞いで妨害して発砲すればいいのでは。

さらに、コナンと世良は、羽田空港は偽の行き先で、羽田の反対方向だからベイブリッジを使うって推理していたけど、ほぼ勘だろう。

だいたい、首都高湾岸線は羽田空港から横浜のみなとみらい地区まで埋め立て地を走っているから全線見通しが良いし、ベイブリッジの前には鶴見つばさ橋もある。いや、川崎浮島JCTから東京湾アクアラインに入って木更津方面に抜けるのかも、ちがう、生麦JCTから首都高横浜北線・北西線経由で東名方面に逃走するかも…なんでこっちは張り込まないんですか?一般道は走らないのですか。なんでベイブリッジに手札全ベットなんですか?

ご都合主義を使っていることより、劇中の展開に必然性がないことが不満だ。ベイブリッジを必ず通る必然性が、まったく説明されないではないか。大前らが東アジアのどこかの国に自動運転システムを持ち出すのなら、その国の大使館とかに逃げ込むリスクを考えないといけないのでは。

東アジアの一味が探偵団たちを襲いにいくシーン、そもそも、箱根の峠に現れたバイクと一連の事件の関係性が露見したのは、ルシファーがコナンと世良を襲ったからだ。探偵団はルシファー一味の顔や名前を一人も知らないはずで、わざわざ探偵団を連れ去りに行く必然性がない。放置していてもなんのリスクもないでしょ。

闇レース会場から逃げたコナンと世良をリスクを犯して追跡するほどのメリットがあるかどうかもよく分からなかったし、探偵団を襲うシーンをつくることから逆算して作ったシーンに感じたのは残念だった。

映画で回を増すごとに劇場版ではコナンの便利屋になっている灰原はさすがにどうにかしてほしい。伝わりにくい例えだが、テレビドラマ相棒のシーズン20以降くらいから出てきてる、サイバー犯罪対策課の小賢しい奴と同じ立ち位置になってしまっている。

今回、ハッキングなどまでには踏み込まない、ギリギリのラインまで灰原が自分の手を動かしてる。デジタル、IT、AIなどを絡めた作品は今後もあると思うのだが、ワトソン博士的な役割を灰原に頼って大丈夫なのか。普通に阿笠博士にまかせてほしい。

急に弱くなる蘭

今作でほとんど空気か都合のいい武器として機能している蘭ねーちゃんたが、終盤で連れ去られたのには若干失笑してしまった。

「僕っ娘探偵世良を最初は連れ去ろうと思っていたが、近くにいた蘭にした」というのは雑すぎる。拳銃の弾を至近距離で避けられる女なのだから、スタンガン程度でやられるわけがない。世良も同様。だいたい、警察本部敷地内の地下駐車場に部外者が侵入して連れ去りを許すとか、相棒劇場版2じゃないんだから。さすが不祥事のデパート神奈川県警である。

それから、作画やカット割りだが、青山原画とそうでないところの差がちょっと付きすぎていると思った。それより気になるのは、冒頭、コナンたちが乗る車が映る前の空撮。なんかデジタルっぽさが気になったというか。

もしかしてだけど、生成AI使ってるのか?と感じた。

音楽と声優が映画全体を支えた

こうした不満はあるものの、音楽と声優がこの作品を支えている。本作も相変わらず音楽が良い。毎年書いているが、コナン劇場版が菅野祐悟氏という後継者を得たのは何にも代えがたい幸せ。信頼しかありません。

今作においても、メインテーマはイントロで派手なメロディーは鳴らず、管楽器と弦楽器のようなゆっくりで優雅な音の流れから壮大な音色に変わっていき、背後でときよりピアノがなりつつ、いつものメロディが始まる形式。美しかった。

千速を演じた沢城みゆきの声、報道番組等で聞きなれている人も多いだろうが、千速の声とよくマッチしていて、私は先代の故田中敦子に勝るとも劣らないと思う。なお、声優さんのご健康や世界観の保持を優先して、原作を1日も早く終わらせてほしい。

個別のシーンでは、中盤の廃ビルでの攻防が面白かった。なにやら、中国風の内装のもしかしたらもともとは風俗店?みたいな雰囲気で、なんとなくリアリティラインがちょっと下がったような感じ。そこにステンドグラス的なものを突っ込んでバイクがくるシーンはよかった。007スカイフォールにも同様のシーンがあるので、やっぱり制作陣の中にジェームズ・ボンドが好きな人がいるのかも。バイクが上層階までどうやって突っ込んだかは知らんけど。

繰り返しますが良作です

ディテールに触れると不満が多くなってしまうが、本作全体を振り返ったときに、アニメ映画としてのクオリティには達していることは再度明確にしたい。観ていて不快になる演出や素人みたいな画面はないし、キャラも従来のキャラ造形の枠内で活躍している。その上で、アクション部分の展開や作画、音楽にはわくわくさせられたし、声優陣もよかった。

萩原千速が主役でも十分魅力的になった映画だ。製作に当たって数えきれないほどの制約がある中で、毎年このクオリティの映画を作ってもらえることに、改めて感謝したい。

次回作、ある意味禁忌

ここまでつらつら書いてきたが、正直来年の予告で映画本編の内容が若干飛んでしまった。コナン映画において新一と蘭の関係を正面から描く、しかもロンドンを絡めてとなると、ちょっと禁忌ではないかと思ってしまう。

また別稿でまとめたいが、一言でいうと現状の作り手の姿勢や制作体制でこのテーマを扱うのが不安ということに尽きる。

不安の1点目は、申し訳ないけど青山先生ご本人。青山さんとサンデー編集部やよみうりテレビ、劇場版制作委員会がどのくらいコミュニケーションをとれているのかわからない。さらに踏み込めば、原作の停滞に関する読者の不満が先生にきちんと伝わっていないという不信感があるから、そういう状況で作品の根幹をなす新一と蘭のラブコメをやっても大丈夫なのかという懸念が拭えない。

2点目の不安は、現状の制作体制でこのテーマを扱うことだ。100万ドルの五稜星以降の作品の不満点って、原因の多くが制作期間の短さと、さまざまな劇場版の利害関係者からの要求が影響していると思う。その状況で、例えば仮にロンドンが関わるとしたら、満足のいく背景美術が作れるのだろうか。

来年の映画は、間違いなく瞳の中の暗殺者やベイカー街との猛烈な比較にさらされることになるが、現状の制作体制がそれに耐えうるほどのものか、不安である。

3点目。新一と蘭のラブコメはなにを進展させればいいのか分からないことだ。2人は交際しているが、まさか本気の口づけをするかどうかを映画するのではないだろう。2人が喧嘩して別れるのではないかとの話にしたりするのも無理。そもそも2人は進展してもいないから。

予告では、ホームズの黙示録で描かれたビッグベンの下での告白が流れたが、具体的に何を映画の要素にするか、説明されておらず、はっきり言って新鮮味のあるアイデアがある気もしないのは不安だ。

2人のラブコメはこれまでの映画と同程度の存在感にとどめ、メインの事件に集中するのがいいのではないかと考えざるをえないのである。

 

conan-mania.com

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*1:なお、筆者は3月公開のプロジェクト・ヘイル・メアリーをIMAXで存分に楽しんでます。まだ1日1回は上映していると思うので、観て!観て!観て!

*2:女性キャラといえば、灰原とコナンが文字通り命を懸けて守った秘密を簡単にバラそうとするめんどくさい僕っ娘探偵や、映画から逆輸入されたのに服部平次の活動を邪魔する偉そうな金持ちくらしか出てこない。そもそも、私はキャラの強弱が作品の質に影響する量はそんなに多くないと思っている。

*3:「私はやっていない」とか「私がやりました」みたいな直接要素は、むしろそれが否定されるために用意される描写だけど、今回のように受け手に直接開示されていなかった情報を、作中でまたひっくり返してしまうのはどうなのかということ。今回、浅葱がどこかで「その時間、私は県警にいたの」と自発的に言っていれば、違和感はなかった。