けっきょく、ラムは何歳?
17年前の羽田浩司殺害事件の真相が明らかになったが、ラムの年齢が読者を混乱させている。彼の来歴や、瞬間記憶的な能力の全貌を探ると同時に、ラムというコードネームの変遷についても調べていく必要がある。
普通の作品では登場自分の年齢設定に疑問を持つことはないというか、そこではしごを外すのは倒叙ミステリっぽさもあるところだ。ただ、コナンではAPTX4869という薬の存在、あるいはその奥に示唆されているなにか別の存在が、事態を面倒にしている。
事実関係の整理
今の脇田兼則=ラムは通常の四角囲みの形式で56歳と紹介されている。ここを疑うとどうしようもない。
17年前・羽田浩司事件
アマンダ「50年くらい前にあったことがあるわよね?」「日本の大富豪の誕生パーティで」「あなたはまだ子供だったけど…」
ファイル1106(104巻収録)
子どもだったという主観が含まれる情報を出すのはやめてほしいのだが、少なくともラムが今の時間軸で56歳とされているのに、これらの情報を整理すると、このチェス事件時点で50歳以上となる。
羽田浩司「30年ぐらい前の国際経済フォーラム年次総会に出てましたよね?」
ファイル1107(104巻収録)
このとき羽田が回想するラムの姿は少なくとも成人してそうだ。整理するとこうなる
年 | 出来事 | 推定年齢 |
---|---|---|
67+n年前 | ラム出生 | 0歳 |
67年前 | 子供だった (アマンダ談) | n歳 |
約47年前 |
国際会議出席 (初代ラムの代理、羽田の回想では成人?) |
20+n歳? |
17年前 | 羽田浩司殺害事件 | 50+n歳 |
現在 | 脇田は56歳と主張 | 67+n歳 |
脇田として出てきたラムが実年齢ではないということは確定した。
マンガである以上、描写の見た目と真の年齢を一致させるのにはおのずから限界があるわけだが、比較的読者の異論がないと考えられるのは、現在いろは寿司にいる脇田が67歳以上となれば「ちょっと見た目が若すぎるのでは…?」ということだろう。
小五郎の態度からしても、自分の親世代に相当する人間への態度ではない。
「若返り」「不老」という便利な設定が可能
となると、可能性としては何らかの手法でラムが若返ったか、加齢が止まっている可能性である。「ラム」というコードネームは継承されているとラム自身は話しているが、少なくともアマンダが烏丸のパーティで見たラムと、17年前のチェス大会で接したラムは同一人物である。ラムもAPTX、あるいはそれに類する何かの薬を服用したか、医療的な措置を受けた可能性が出てきた。
毒薬から未知の研究へ変貌
そもそも、証拠が残らない毒薬として登場したAPTXは、気がつけばミステリアスな研究の成果物という位置付けに変わりつつある。
嫌な言い方をさせてもらえば、18巻の灰原登場を機に作者がゴールポストを動かしたとも言えるのではないか。
関係者の発言を引いて、その変遷を下記に整理してみよう。
1巻ファイル1:ジン
「こいつを使おう…」「組織が新開発した毒薬をな…」
「フフフ…なにしろ死体から毒が検出されない…」「完全犯罪が可能なシロモノだ!!」
「…まだ人間には試したことがない、試作品らしいがな…」
連載が続くかも分からない時期に書かれた描写なので考察には限界がありそうだが、ジンの認識は現在も変わっていないのではないか。ジンが組織の研究に言及したり、興味を持っている気配はまったくない。
18巻の灰原の証言と一致しているのは、2人とも工藤新一に投与した薬を毒薬だと認識していることと、まだ人間には試していないという点か。
18巻ファイル8・9:灰原
「APTX4869…」「薬品名は間違っていないはずよ…」
「組織に命じられた私が作った薬だもの…」
「細胞の自己破壊プログラムの偶発的な作用で、神経組織を除いた骨格・筋肉・内蔵・体毛…それらすべての細胞が幼児期の頃まで後退化する…」「神秘的な毒薬をね…」
「動物実験の段階で1匹だけ死なずに幼児化したマウスがいたからこの仮説は容易に立てられたわ…」
「毒なんて」「作ってるつもり…」「なかったもの…」
「試作段階のあの薬を勝手に人間に投与した」
「組織は私を血眼になって探しているでしょうね…私がこんな体になっているとも知らずに…」
「あの薬をこのまま組織が暗殺のために使い続けたら、いずれ私達の様な幼児化する人間が出ないともかぎらない…」
APTXに関する基本的な情報はここですべて分かるといえるほどの重要なエピソードだ。これから先の議論の都合上、灰原が言及したAPTXを「2代目」と位置付けることにする。
2代目について灰原とジンの話を総合すると、当初は毒薬と認識して作っていなかったけど、どこかのタイミングでそれが暗殺用の毒薬であると灰原が知ったようだ。
「試作段階のあの薬を勝手に人間に投与した」と灰原は発言している。毒薬を作っていることを知っている人物がこういう言い方をするのは不自然ではないか。人間に投与して死ぬことが分かっている薬は、試作段階でも完成品でも投与したらだめだろう。
時系列としては
- 2代目APTXの研究を始める
- 工藤新一にAPTXを投与
- APTXが毒薬であると知る
と考えられる。
灰原は、幼児化について「仮説を立てた」と言及している。つまり、その前段の細胞の自己破壊プラグラムうんぬんのくだりも、灰原が把握していた作用ではないということ。
幼児化したマウスの存在が予期せぬものではなく、予定どおりの効果であるならば、工藤邸に灰原が入って新一の子供のころの服が消えていることに驚くのはおかしい。
よく考えたら、18巻の時点でAPTXには真の目的があることが示されていたのかもしれない。
24巻ファイル11・ピスコ
「科学者だった君の御両親と私はとても親しくてね…」「開発中の薬の事はよく聞かされていたんだよ…」
「でもまさかここまで君が進めていたとは…事故死した両親もさぞかしお喜びだろう…」
「ここまで進めていた」というのは、灰原の体が子どもに戻った様子を指しているので、ピスコの言い分を整理すると、開発中だった(主作用か副作用かは不明だが)幼児化の効果がある薬を、灰原がここまで進めていたとは、ということだ。
人が目の前で縮んだら普通は相当驚く。ピスコはそれどろこか感心しているので、本人の言うとおり、灰原の両親や組織中枢の研究を把握していた可能性が高い。
42巻ファイル10・二元ミステリー:ベルモット
「こんな愚かな研究を引き継いだあなたの両親を…」
よくよく見直したらこれっておかしくないか。
素直に解釈すると、ベルモットは、「愚かな研究」を「引き継いだ」のは「灰原の両親」だと言っているではないか。意味がわからない。灰原の言い分だと、灰原本人が両親の研究を引き継いだのではなかったか。
78巻ファイル4・ミステリートレイン編:宮野エレーナ(回想)
「実はお母さんね…」「今、とても恐ろしい薬を作ってるの…」
「ラボの仲間は夢のような薬って浮かれてるけど…」「父さんと母さんは願いを込めてこう呼んでるわ…」
灰原の証言やピスコの発言からして、これは灰原の両親が行っていたとみられる初代APTXを指すとみて間違いない。
ラボの仲間は「夢のような薬」だと考える一方、灰原の両親は「恐ろしい薬」という。さらに灰原の言葉を続けよう。
同:灰原
「私、分かってなかった…」「こんな薬…作っちゃいけなかったって…」
灰原もラボの研究員と同様、当初は有益な作用のある薬だと考えていたが、今になって母の回想を聞いてあらためて、作ってはいけない薬だったことを自覚する。灰原は羽田浩司事件のネット記事をみながら、下記のように説明する。
89巻ファイル11:灰原
「多分、その薬は私の父と母が作った薬…」「私は焼け残った資料を掻き集めてその薬を復活させただけだから…」
(「まあ、本当に私が作らされていたのは…」「別の薬なんだけどね…」)
「その薬」は、羽田浩司に投与された薬を指している。灰原がそれを復活させたという主張だ。
これとは別のラインで、灰原は「別の薬」を作っていたと明かす。
ややこしくなってきた。整理してみよう。
初代APTX | 2代目APTX |
「別の薬」 |
|
---|---|---|---|
30年前? | 宮野厚志、白鳩製薬で薬の研究 | ||
17年前? | 宮野夫妻が開発 | ||
17年前 | 羽田浩司・アマンダに投与 | ||
? | 宮野夫妻が死亡 | ||
少し前 | 宮野志保が研究再開 | 宮野志保が研究開始 | |
現在 | 工藤新一に投与 | ||
宮野志保が服用 | |||
赤井メアリーに投与? |
改めて整理してみあると、私自身、灰原の「毒なんてつくっているつもり…」が指す薬と、「別の薬なんだけど…」の薬を混同していたことに気がついた。
暗殺に使える毒薬としてのAPTXの存在は事実上消えているといってもいいのではないか。
言ってしまえば元も子もないが、まだ毒薬としてのAPTXが機能していて、本編に出てこない部分で組織が使用しているのなら、土門康輝の暗殺にも使えばよい。
18巻で灰原が薬の背景を説明したのは、初回に設定してしまったAPTX=毒薬で、偶然の作用で幼児化するという設定があるために、どうしても加えなければならなかった要素ではないか。
91巻での「別の薬」は違う話である。
96巻ファイル11:灰原
「ラボで父と母が作らされていたのは…」「私と工藤君の体を幼児化させた薬だったなんてね…」
この発言も上記の整理に沿うもの。
灰原は自身の幼児化をどれくらい期待したか
灰原は自身がAPTXを服用した時点で、すでにこの薬を服用すると人体でも幼児化作用があり、工藤新一が幼児化したことを知っている。ならば、ジンらに監禁された際には自身の幼児化をある程度期待していたのではないか。
「どーせ殺されるのならと、その時飲んだのが…」「隠し持っていたAPTX4869…」
「幸運にも死のうと思って飲んだその薬は、私の体を幼児化させ…」
18巻ファイル9
とのことだ。まあ灰原本人も姉を組織に殺されたことや、自身が別の目的で研究していいた薬が殺人のために使われていたことから、自暴自棄になって難しいことを考えずに服用したというのならそれまでだが。
ベルモットは明らかにうそをついている
ベルモットはロンドンでメアリーをおびき出し、薬を投与した。しかしベルモットは本当にメアリーを殺そうと思ったのだろうか。
ベルはこう言っている
ベル「自分の妹が作った薬でこの世を去る気分は…」
99巻ファイル2
端的に言ってうそである。ベルモットが仮に組織の研究に全く関わっておらず、自身の不老に別の理由があったとしても、期待した効果が得られず幼児化した人間を2人も把握しているAPTXを、本当に殺したい相手に使うわけがない。
二元ミステリーでベルモットは灰原に銃口を向けたし、そもそもジョディ先生の両親も殺している。メアリーを本当に殺したいのなら、両脇にいるモブに射殺させればいい。自身がその場にいる必要もない。
説明は端折るが、ベルモットは組織の研究の最深部を知っている人物とみられるので、APTXの狙いを知らないわけはない。殺意は当初からまったくなく、両脇のモブに投与を目撃させ、死んだと認識させること、さらにもしかしたら幼児化させることが目的だったと解釈するべきだ。
もう一度、今度は薬、あるいは研究に対する各登場人物の認識について整理してみよう
宮野夫妻の研究(初代APTX開発?) | 2代目APTX |
「別の薬」 |
|
---|---|---|---|
宮野夫妻 | 恐ろしい薬。シルバーブレッドと呼ぶ | ー | ? |
ラボの仲間 | 夢のような薬 | ー | ー |
灰原 | ー | 当初毒と認識しておらず。幼児化作用はすくなくとも予想外 | ? |
ベル | 「毒薬」と主張 | ? | ? |
ジン | ? | 毒薬 | ? |
薬の「効果」と「目的」を区別する
APTXはコナン考察の超重要テーマであることは間違いない。ただ、この薬の「効果」と「目的」を区別して考えるのがポイントではないかと思う。
効果も目的も「幼児化や若返り」である場合にはあまり問題にならない。むしろ、コナン作品の組織がここまでミステリアスになっている原因は、どうも若返り自体が真の目的でなはなく、本来の作用に付随する副作用であるとみられるからだ。
この薬がただの毒薬であれば話は早い。極端な話、頭痛薬を飲んで眠くなったり胃が荒れるといったことと同じで、薬の効果は人の生命活動を停止すること、目的はその薬で人を殺すこと。
幼児化は、風邪薬を飲んで眠くなるのと同じような副作用というわけだ。
服用者というもう一つの変数
服用者という変数は検討する必要があるのだろうか。つまり、性別、服用時の年齢、家系などが薬の作用に影響するのだろうかという話。
いまのところ、こうした変数が大きな要因になるとの描写はない。幼児化した人、死亡した人とも性別、年代はバラバラだ。
時々、血縁の影響を指摘する人がいるがどうだろう。確かに灰原とメアリーは親戚(おばと姪の関係)で、これが影響して幼児化したとする説はある。
だが肝心のコナンは2人とは他人だ。工藤家のルーツやコナンの出自に関してまったく伏線めいた描写がなく、灰原とコナンが飲んだ薬が同じ物とされている以上、血縁への影響は現段階では否定されるべきだ。
実際に死んだ人は羽田とアマンダだけ?
お話の都合もあるのだろうが、APTXを飲まされて実際に死んだ人間は羽田浩司とアマンダだけだ。もちろん、灰原の回想や若狭が見ていたAPTX投与リストを見てみると他にもいるが、いまのところ、この中に本筋に絡む人がいるどうかわからない。正直作者の都合で決まるので、いまの段階で考えても可能性の提示にしかならない。
その前提でいうと、一連の組織開発の毒薬で死亡が描写されているのは、事実上羽田浩司とアマンダの2人にとどまる。
灰原がいう「別の薬」に迫りたい
APTXの効果に関して深く考察するというより、今後は灰原のいう「別の薬」に迫る必要がありそうだ。それは別の記事で検討することにする。
この薬の効果、目的、どのくらいまで進んでいたのか、だれが研究を命じたのか。灰原はかなりの部分を把握しているはずだが、お話の都合上ほとんど明かされない。
仕方のないことだが、比護選手にうつつを抜かしている灰原さんをみると、ときどきふと「コナン、灰原に今すぐ尋問しろよ」と我に返ってしまう。
FBIも激しい尋問するし、CIAに至っては人権配慮や法令遵守など米国の利益の前にはゴミみたいな組織である。キールは本部に連絡をとっていますぐ灰原の身柄を確保して徹底的な尋問を要請しろよ、と思ってしまう(野暮なのは分かっています)。