蘭はいつからコナン=新一と疑っていたか 命がけの復活への伏線を探る

蘭がコナン=新一を疑った回数こそ数しれず、命がけの復活はその中でも重要性が段違いのエピソード。

コナンでのラブコメ要素を、殺人事件を解決するというミステリー要素を交えつつ進展させたことに加えて、なんとコナン世界のもう一つの大きな柱・組織編の極北であるベルモット編の開幕を告げてもいる。

そもそも、命がけの復活に至るまで、なぜコナン=新一と疑われたのだろうか。

昨年、コナン公式YouTubeチャンネルでアニメが5年目、218話まで配信された。いまは残念ながら命がけの復活は配信が終わってしまったけど、その配信を見ているうちに、ああ、青山先生はこんなに緻密に伏線を張っていたのか!と感心、感動してしまった。本稿では、その伏線を整理するとともに、命がけの復活が現在まで果たしている役割についても考えてみたい。

そもそも疑いは晴れていなかった

名探偵コナンの週刊漫画連載としての連続性に焦点を当てて考えてみると、そもそもコナンが新一ではないかという疑いは「追い詰められた名探偵」で有希子がごまかした時点で晴れていなかったと考えられる。

​有希子「じゃーね新ちゃん!」

優作「蘭君によろしくな…」

有希子「あ、そうそう蘭ちゃんには気をつけたほうがいいわよ…」

コナン「え?」

有希子「何か引っかかるのよねー…」「あの子の最後の笑顔が…」

コナン「……」

14巻ファイル8

有希子いわく、蘭の笑顔にひっかかるという。

当然、無意味にこんな描写を入れるわけはないので、これ自体で成立するか、何か別の描写として成立するか、あるいは別の何かの伏線として機能しているのだが、今回の場合、蘭はコナンをある意味「見逃した」とも言えるかもしれない。

もちろん、コナンより女心が特に得意分野の有希子にとって、蘭の心情は手に取るように分かる。だから、一度疑いは薄くなり追及されることこそなくなったものの、コナンに蘭のことを気にかけるよう言った。

コナンはこの場面でそこまで意図を読み取ったかはわからないけど、まあその後命がけの復活の直前では最近の蘭の様子からなんとなく気がついているのではないかと話しているので、さすがのコナンでもだんだん「やっぱり疑われ続けてる…」って気がついたのだろう。

灰原の登場で2人の関係に深み

「追い詰められた名探偵」以降、直接的に組織編に関する進展や蘭とコナンとの関係に変化はなかったが、灰原の登場で深みが出てきた。

灰原「間違いないわ…彼女はあなたの正体にうすうす感づいている…」「これ以上、彼女を欺き通すのは無意味…傷つけるだけだわ」
コナン「ど、どうしてお前がそんなことをオレに…」
灰原「あら…悪の心を見抜くあなたの正義の目も女心はわからないのね…」
コナン「女心?」
灰原「あなたを愛してしまったのよ…最初に出会った時から…」「気づいてなかったのね…」
23巻ファイル10
いわゆる夢オチみたいな話で、劇の練習という設定。
フィクションでのこういう手法はもちろん通常は明かさない内容を真実味を持たせて読者に伝えるためなので、この時点での灰原の心情にはとても近い内容であることは言うまでもない。
杯戸シティホテルの一件で灰原の心の中でコナンに対する好意が芽生え始めた。しかしそれは同時に、蘭が恋敵になることも意味する。
灰原登場以前のコナンでは、レギュラーキャラで蘭と新一の関係性を脅かす人物はいなかった。灰原の登場でこの点にゆらぎが生じたことになる。
灰原は組織編の中心的要素である「組織の研究」のみならず、ラブコメでもコナン周辺の人間関係を変化させ、より高度に、そして読者の日常生活にも共通点がある世俗的なものに変えていったのではないか。

蘭がなにかを確信する描写が出てくる

園子「ねえーなに?この子滑れるの?」
蘭「さぁ…コナンくんとスケートするの初めてだから…」「そうなの?コナン君?」
コナン「あ…あわわわ…」
園子「あちゃーもしかして初めて?」
蘭「……」
園子「コヤツいつも生意気だからイジメちゃおっかなー♡」
蘭「止めなよ園子…」「ホラ立って…」「私が教えてあげるから…」「ね!」
コナン「う、うん…」
25巻ファイル1

 ”青山先生の三点リーダーに無意味な使用なし”

この3点リーダーで蘭が感じたことは「そういえば、新一はスケートが上手かったような...」といったところだろう。この後、事件が起こって現場に駆けつけるコナンの俊敏な滑りを蘭はじっとみつめて、なにかを感じたような表情を見せる。

蘭「それに冷たくなんかないよ!」「なんかいつも見守ってくれてるみたいだし…」
和葉「え?そばにおんの?」
蘭「ううん…そんな気がするだけ…」
25巻ファイル5
クモ屋敷事件の段階ではさらに具体的な描写に近づく。これは蘭が感覚的に新一がそばにいるのではないかと感じる点と、コナンが本当は新一ではないかという気持ちがぬぐえないという点が作用してのこと。

コナンの負傷をきっかけに一気に回収

コナン「なーんか変なんだよな…」「蘭の奴最近…」

阿笠博士「あれ?それじゃったらこっそり君のセーターを編んどったからじゃろ?」

コナン「ああ…そうだと思ったんだどそれだけじゃないような気が」

阿笠博士「ど、どういうことじゃ?」

コナン「時々感じるんだよ…蘭がオレを見る目が小学1年生の子供じゃなく…まるで…」

阿笠博士「おいおい新一君…」

コナン「まー気のせいだと思うんだけどよ…」

灰原「バレてんじゃないの?あなたの正体…」

コナン「………」

阿笠博士「あ、哀君?」

灰原「私、朝まで地下室でやることがあるから邪魔しないでね」

阿笠博士「おい…もし哀君の言ったとおりだとしたら…」

コナン「バーロ、だったらなんでオレにそう言わねえんだよ?蘭に限ってんなことねーって」

蘭「なに?私がどうした?」

コナン・博士「い、いや…」

蘭「それより博士が預かってるって女の子…どこにいるの?」

阿笠博士「ああ…哀君なら地下の部屋に…」

蘭「あいさつしちゃおーっと♡」

コナン「あ、ちょっ…」

蘭「こんにちはアーイ」「ちゃん…」

阿笠博士「コ、コレ哀君…あいさつくらいせんか!?」

蘭「いいわよ博士…邪魔しちゃ悪いし…」「じゃあまたね哀ちゃん♡」

灰原「もしかして私…」「逃げてる?」「冗談じゃないわ…」

25巻ファイル9

そして命がけの復活直前、蘭とコナンは博士の家に行く。一緒に風呂に入れという小五郎の言葉に過剰に反応した蘭の様子は、ある意味その後コナンが「やっぱまだ疑われてるか…」と確信するための描写。

コナンはここで、蘭が直接自分に問いただしてこない理由をまだわかっていない。これは洞窟事件後、服部の視点で回収される

服部「待ってるんや…お前の口から直接、話聞かせもらうんをな!!」

26巻ファイル1

これを聞いたコナンが回想するのは、前述した有希子と優作のセリフ。そしてシンフォニー号の印象的なシーンだった

蘭「一人にしないで…」

23巻ファイル8

「逃げてる?」の意味

灰原が変化を与えたコナンと蘭の関係性は、もちろん灰原自身に苦悩をもたらした。「逃げてる?」というのは、蘭という存在の力強さや、自分ではとてもかなわないという怯えから、直接のコミュニケーションから逃げているということ。現状の変化を灰原自身も強く恐れていることが読み取れる。この点は「網にかかった謎」である程度回収される。

もう一点、深入りするとあれだが、このシーンで灰原の机の上にはなにか黒く汚れたように見えるMOがおいてある。

詳細は今後別稿化するかもしれないが、このMOには組織のPCからコピーした杯戸シティホテルで消失したはずのAPTX4869のデータが入っているとみられ、これを用いて灰原はコナンを新一に戻す薬を作った。

コナン「やっぱ白乾児の成分だけじゃ完成品は無理ってわけか…」

26巻ファイル8

 コナンにはMOのことをいまだに、100巻目前という2021年でさえ明かしていない。

灰原は、前述した蘭という存在から逃げるため、コナンに対して少し嘘をついてまでコナンの正体の発覚を避けたかった。

 
     コナンの正体が分かれば、自分の前からコナンがいなくなってしまうかもしれないから…
     コナンと蘭がさらに親密になってしまうから…
     不幸の塊である自身の境遇で蘭に危険が及ぶかもしれないから…

命がけの復活は、コナンと新一が同時に存在しほぼ完全に蘭の疑いを晴らしたという点で、コナン全体において一種の安定をもたらしたと思う。

その一方、ここから二元ミステリーまで、蘭と灰原との間の関係性の揺らぎや、灰原のある種「消えてしまいたい願望」が本格的に始まるきっかけを告げてしまったのかもしれない。